■場所
アパートの庭
■人物
『僕』
■状況
部屋が焼けてしまった
■本文
怖いもの。頭の片隅に常にこびりついて、自分の意識を捉えるもの。
嫌なもの。気付いたら近くに忍び寄って、叫び声をあげてしまうもの。
この世にはそんなものがたくさんある。いつ何時(なんとき)襲ってくるかも分からなく、そしてそれらはたちが悪い。油断していると、生活の安心を奪ってゆく。
しかし、僕たちはそんなものに負けてはいられない。目の前の壁はどんどん厚くなり、時間が経てば経つほど先に進めなくなるからだ。
……さて、どうしたものかと思う。僕は焼けこげたアパートの一室を、星のきれいな夜空の下(もと)で眺めていた。風はとても冷たく、まるで頬に氷嚢をくっつけられているのではないかと疑いたくなるくらいだった。
身を震わせながら呆けていると、やがて人が集まってくる。深夜だというのに一体何を合図にして寝床から起きあがるのだろうと思う。わざわざパジャマにちゃんちゃんこだけを羽織った姿で来るなんて。物好きもいいところだった。
そのうちの一人が僕に近づいてきた。
「あれま! おたくんところのアパートでねぇかい。そんなんじゃさむいだろうに」
適当に相槌を打って、再び僕は焼けこげたアパートの一室に目を向ける。その場所は日付が替わるまでは僕の部屋だった。
「けが人とかはないんだろう?」
さっきの人とは別の人だった。
「ええ、とりあえず燃えたのは一部屋だけでしたよ」
「そっか、なら、延焼しねぇでよかったなぁ。冬になると大火事が危ないもんねぇ」
その冬火事に見事に遭遇した僕の気持ちは複雑だった。
「ま、俺はそろそろ戻るから、あんたもそんなんじゃ寒いから、早いとこ部屋に入りんしゃい」
またもや適当に会釈を交わして空を見る。ぽっかりと、今までは壁だった場所に穴が空いていた。