■場所
ファストフード店
■人物
親子連れの二人と通りがかりの女の人
■状況
子供から目を離した隙に……
■本文
昼とも夕方とも言い難い時間。俊子は一歳の子供を連れてファストフード店でお茶をしていた。
「ねぇ、ケイは夜ご飯何が良い?」
俊子はそう言って子供――ケイ――に顔を向けた。しかし、ケイは俊子にせがんで買ってもらったアイスクリームに夢中でそっぽを向いていた。
「ほら、そんなんじゃもうアイス買ってあげないよ?」
手にしていたコーヒーのカップを置いて俊子が続けるが、それでもケイはアイスクリームを口に運ぶのに忙しくしていた。
「もぉ……。ほら、ほっぺに付いてるよ」
尋ねるのを諦め、俊子は紙ナプキンを畳んでケイの口の周りを拭いてあげた。その間だけケイはおとなしくしていたが、終わると同時に再びスプーンを口に持っていく。
「ケイは食いしん坊だね。誰が育ててるんだか……」
俊子は小さな溜息をついた。
ケイは、俊子の言うとおり食いしん坊だった。アイスのカップをつかむ手は丸く、とても柔らかそうだった。続く腕は肘関節の所だけくびれており、他はやはり丸い。先ほど俊子が拭いたほっぺたなどはその極みだ。赤く染まり、まるでリンゴのように膨らんでいた。
やがてアイスを食べ終わると、ケイはカップを持ったままうつらうつらし始めた。俊子の向かいに座っているケイは、身長が足りないために中腰ぎみの体勢だった。そのため、バランスが崩れやすかった。
「危ない!」
少しの間ぼーっとしていた俊子は、後ろに倒れてゆくケイの体に気付いてとっさに右手を伸ばした。左手で持っていたコーヒーカップは倒れ、テーブルががたという音を立てた。
周りにいた人は突然のことに目を見張った。皆が皆、手に持っていた物をそのままにして固まった。
ただ、一名を残して。
――――――――
「ほんっとうに申し訳ありません!」
深々と頭を下げる俊子に対し、黒く濡れたコートを着ている女性は戸惑っていた。
「このコートはもちろんクリーニングしてから返しますので!」
そう言って俊子は女性に近寄る。しかし、女性は両手を俊子に向けて広げて言った。
「いえ、ちょうどこのコートは明日洗おうと思っていたところでして……」
女性はまごつきながらも拒絶の意志を現そうとした。しかし、その意図とは裏腹に女性の言葉はありきたりな対応にしか聞こえない。