■場所
無し
■人物
『私』
■状況
自分を語ってる(?)
■本文
小さい頃から歌うことが好きだった。そして、それ以外のことはあまり好きではなかった。ランドセルを背負って通った小学校でも、自転車をこいで通った中学校でも、電車を使って通った高校でも、一人暮らしを始めた大学でも、勉強というものはきっと人として生きるための義務なんだと自分に言い聞かせながら根気強く過ごしていた。
小学生と中学生の頃は良かった。音楽の授業が週に三度以上あったおかげで私の欲求は満たされていた。頭の中がりんごやバナナで一杯に溢れる算数の授業さえも、もう少しすれば歌えるのだと思う限りは楽しい授業になった。中学でもそうだ。部活動に入らなければならないと宣告されたときには様々な現実逃避方法を頭に思い描いたものだ。それでも現実を生きてこられたのはきっと、選択した生徒には週に四度の音楽の授業が割り当てられたからだろう。それに、中学で歌うものは比較的難しく、それでも綺麗に合唱がまとまったときには体が震えるくらいに感動できる歌が多い。それらのおかげで私はほぼ毎日、満足した顔で床に就くことができた。
高校に入学してからは孤軍奮闘の日々だった。普通科の高校へ進学した私は、桜舞い散る四月の最中、自らの犯してしまった重大かつ致命的なミスのために死にたくなった。なんと、高校では例え選択したとしても最大で週に二度しか音楽の授業がないというではないか。それは中学の『週四』の音楽に慣れていた私にとっては再度示すが重大かつ致命的だった。
今振り返ってみれば、そんなに歌うことが好きならばそれなりの専門の高校若しくは高専にでも通えば良かったではないかと疑問に思う事ができる。しかし、私が普通科の高校を受験したのにもそれなりの理由があり、それはただ単に私が内気で臆病な性格だったからなのだけれど、たったそれだけの理由は私の足を踏みとどまらせるには十分だったのだ。
高校での生活は困難を極めた。『週四』中毒にかかっていた私は一年生の一学期の間、たびたび学校に行けずに自室にこもり、親に聞かれないように布団の中に包まって、中学の授業で良く発声練習に使われていた歌をぶつぶつと呟いていた。