■一言
最近は良く分からんです
■二言目
教室というシチュエーションを乱用するのはやめたほうが良いけれど
■本文
人気のまるで無い教室には誰もいなく、遠くに聞こえる運動部の掛け声だけが響いていたはずだった。というか、その教室にいた僕の姿など誰の目に留まるわけでもなく、どこの学校にでもあるように、淡々と、粛々と、下らない時間が過ぎてゆくだけのはずだった。
それが、どうしてこんなことになっているのだろうか。僕の目の前では凄まじい形相の女の子が必死に僕の腕を掴み、切実そうな目で何かを訴えかけようとしている。彼女の後ろでは机や椅子たちがものの見事に倒れ、いのししでも通った後のように荒れている。
窓からは夕焼けが差し込み、教室の薄暗さを赤く染め上げている。
一体、どうしてこんなことになっているのだろう――。きっと、突然にこの場面を見た他の生徒は、僕達が何をやっているのか理解不能だろう。当事者である僕ですら――もしかしたらこの女の子ですら――わかっていないのだから、当然といえば当然だろう。
分かりやすく説明するためには、恐らく僕の歴史という赤恥確定の生涯を、少しだけさかのぼって紐解いていく必要があるに違いない。
それがなぜ必要なのかは、僕とこの女の子にしか理解できないはずだ。少なくとも目の前で、双方にらみ合って意地を張って互いの腕を動かさんと――動かすまいと――しているのだから、そこのところだけは分かるはずなのだ。
そうと決まれば、遠慮はしない。刻々と過ぎてゆく刹那ともとれる時間の狭間で、僕は理解のために人生劇場を公開しようではないか。
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僕が始めて『あのもの』の鋭さに気付いたのは小学四年生のときだった。
何も知らない母親が、僕の髪を整えてくれたことがあった。それは僕の意思を尊重してくれたようなものではなく、ただ単に母親が気になったからというどうでも良い理由によって行われた。
いつものように何も言わずに椅子に座り、母親がやることに身を任せてじっとしていた。最後の方になって、母親が何かを探すそぶりを見せると、洗面所に行って見慣れない道具を持ってきた。
ちょっと危ないかもしれないけれど、と言って母が手にしたのは、折りたたみ式の剃刀だった。小さなフルーツナイフほどの大きさのあるそれは、いつも母親が使っている保護ワイヤーの備えられているものとは大きく異なっていた。
母親は仕上げとしてそれを僕の首筋にあてた。金属特有の冷たさが首筋に走り、僕の脳天にある一つの考えが自然と浮かび上がった。
これを横に引いたら、面白いほど怖いことになるんだろうなぁ。
好奇心と恐怖心がない交ぜになった考えだった。自分でもそのとき、矛盾していることが理解できた。しかし、矛盾自体が理解できたとしても、どうして矛盾しているのかを理解するのは出来なかった。
母親による散髪の次の日。
僕は、母が買い物に出かけたのを見計らってあの大きな刃物を洗面所から探し当てた。矛盾の正体を暴くために、そして、