1・男女の双子は、どちらかが、どちらかの性に引きずられる事があるという。 「 洗面所でぼうっと自分の顔を見つめながら歯を磨いていると、ふと後ろからそう呼ばれた。 「……あ、おふぁよ。」 「しゃべるんなら口ゆすぎなさいよ。」 そう言って相手はちょっとむっとした顔を見せる。筅と呼ばれた少年はその言葉通り口をゆすぎ、歯ブラシを洗って鏡裏の収納場にしまった。 「もうよかったの?」 「うん、ちょうど終ったトコだったから。」 相手がふぅんと軽くつぶやくと、狭い洗面所を交代する。そして少年が行き過ぎようとした時、姉である少女が話しかけた。 「今日、薬呑んどきなさいよ。」 少年が振り返ると、すでに少女は歯磨き粉を手に取り、こちらを全く気にしていない。二人そんなに体格差はなく、鏡写しにも互いは見えなかった。少年は少し苦しそうな、申し訳なさそうな表情をして軽く空気をのむ。 「解った……。」 そして間をおいてつぶやいた。……ゴメン、と。するとあんたのせいじゃないし、とつぶやきが返ってきた。少年は、また切ない顔をした。 ……ごめん、ごめん、ごめん……さらさ………。 そんな少年に気付いているのか、気付かないのか、少女はただ歯ブラシをゆらす。メーカーは違うのに、それは少年が使っていた物と同じ、半透明のエメラルドグリーンの色をしていた。 「筅、またマネして!あたしのマネしないでっていってるでしょ!」 そう言って幼い少女は自分の落書き帳をさっと隠す。するとそうやってしかられた少年はほとんど泣きそうな顔をして首を横に振る。 「マネじゃないもん!…マネじゃないもん。」 しかしその訴えを少女は聞かない。 「おかーさん!筅がまたあたしのマネするのぉ!」 「マネじゃないもんぅ! !」 とうとう少年はぐずり出す。座敷で洗濯物をたたんでいるらしい母はこのいつもの日常に、いつもの様に返事を返す。 「あんた達、双子なんだからもうちょっと仲良くしなさい。筅は、さらさのマネばっかりしない事!さらさは、もうちょっと筅に優しくしなさい。」 「だって、おかーさん……!」 「マネじゃないもんーっ! !」 それが、幼かった頃の日常。こんな事は年の近い兄弟がよくやる事で、何ら特別なものはない。何ら、特別なものは……。 「あ、ホントだ。」 突然筅が返事をする。 「うわ、絶対あれ頭乾かさずに寝たね。」 軽くククッと笑って、筅は彼らの前を歩いている同じ制服の、寝癖の凄い少年を見た。 「…また届いた?」 やけに冷静に、どこか冷たくさらさが言う。筅はどきりと、いや、むしろぎくりとしてさらさの方を振り向いた。 「えっ…と、しゃべってなかった?」 「声には出してないわね。」 瞬間、流れる妙な間。短い様で、長く、重い。筅がその空気に耐え切れず口を開こうとすると、その前にさらさが声を出した。 「はーるき〜っ!」 そう呼ぶと、寝癖の凄い奴が振り返る。 「おー、おっす、おそろい。」 彼が顔を見せてほほえんでくると、二人の間にあった妙な空気が吹き飛ぶ。立ち止まった彼に近付くと、空気がやわらいでいく気がした。 「ねぇ 「え!うっそ、ちゃんと鏡見たぜ?」 そう言って寝癖野郎はあわてて前髪をなでつける。その姿に二人は同時にふき出した。 「ばっかねー、後ろ忘れてるでしょ。」 さらさがそう言ってはねて渦になっている少年の寝癖をなでると、筅はたまらず大笑いする。 「何だよ、そんな凄いか?」 「だって、ミステリーサークルみたいなんだもん。」 「そうそう!なかなかこんな見事なのないわね。一晩で、凄い凄い!」 ツボに入ったのか、二人共がお腹を抱えてげらげら笑う。春樹という少年は、そんな二人に対し、むっとするみたいなつまらなさそうな表情を見せた。 「あ、ごめん、春樹。」 「べーつにー!」 謝りつつも、笑いで目に涙をためている筅に春樹はつんとすねてみる。けれどその姿も何だかまぬけで、さらさはくすくすと笑いながら春樹をなだめてみる。 「ねぇ、ごめんって。くし、貸してあげるからさ。」 「いいよもう。」 ふい、と春樹はきびすを返す。けれど完全に怒ってしまったのではない。彼の持つ雰囲気は変わらず、おだやかであたたかい。 「ところで春樹、今日は早いけど、どうかしたの?」 「ヤな言い方するな〜。何となく、早く起きただけだよ。」 さらさが声をかけると、ちょっとむっとしながらも春樹はまたいつもの表情を見せる。二人の大好きな、何ともいえないやわらかさ。 「……ていうかさ、春樹早いか遅いかどっちかしかないよね。平均したらちょうどよさそうなのに。」 「そうねー。」 「うるせーなぁ、それが出来ないんだってのー。」 そう言って春樹は後頭部の渦をぼりぼりとかく。さらさはのぞき込む様に春樹の瞳をじっと見つめ、まるでませた幼い少女みたいにほほえんだ。 「朝、迎えに行ってあげようか?」 「ヤだよー。待たせるの好きじゃないし。」 さらさの視線に全く気付かないで春樹はそう言う。さらさが肩をすくめて呆れた様にため息をつくと、筅も片眉を上げて小莫迦にするみたいな表情をする。 「春樹って昔っからそうだよな、努力しないし。」 「いーの、お前ら勝手に仲良くガッコ行けばいいだろー。」 その仲良く、という言葉に筅はぴく、と反応した。彼をじっと観察していなければ解らないくらいの、小さな反応。それに気付いたのか、さらさはまるで筅を気づかうみたいにほとんど間髪入れず、そうしてるじゃないと言葉をすべり込ませる。 「昔っからべったりだよな、お前ら。さっきみたく俺を二人でいじめてさー。」 そう言いながら春樹は昔の事を思い出す。その途中、何か引っかかるぷちん、とした過去。こんな笑い合ってる二人からは想像出来ないほど……。 「……でも一時期めっちゃ仲悪くなかったか?確か。」 「やめてよ!」 そう叫んだのは筅だった。全く遠慮していない大きな声に、他の登校生達も何事かと振り返った。筅は本気でおびえているらしい。大きな瞳を見開き、彼が何処を見ているのか解らない。それでも何とか自分を落ち着かせようとしているのか、筅は肩で深い呼吸を繰り返した。 「……もう、前の事だし……。」 「?……ああ。」 曖昧ながらもとりあえず筅の言葉に肯定して、春樹は筅を見つめる。さっきのやり取りが原因だろうか、伏し目がちでどことなく顔色が良くない。 「……具合悪いのか?」 「何でもない。」 額に当てられた春樹の手を、首を振って振り払い、筅はまた一つため息をついた。 「前の事って言うんなら、気にする事ないのよ。」 どきん、と筅の体がかすかに震えた。それに気付いたさらさは軽くぽんと背中をたたいてやる。 「……ごめんね……。」 誰にも聞き取れないくらい小さな声で筅がささやく。そして悲しい様な切ない表情をして、ほほえんだ。 男女の双子は、どちらかが、どちらかの性に引きずられる事があるという。 |