----いつかこんな日が。 |
ほとんどこちらを見ずに、彼は言った。 「ボクはあそこには戻らない。君も、いい加減やめたらどう?」 その時彼が、どんな表情をしていたのか、どんな声色だったのか、今はもう思い出せない。 「何で?やめるって、何をなのだ?」 「さあね、ボクには解らないよ。」 突き付けられたのに、突き放される。訳の解らない状態に、当りたい様な、けれど触れてはいけない様な。イライラした不安がくすぶり表情の歪みを見せ付けるみたいに隠さず、自然に腹の辺りで手を組んだ。その指も、そわそわともう片方の手をしきりに探ってしまう。 「知りたいのなら、いつか解るかもしれない。解らないかもしれない。」 「そんなのじゃ、解らないのだ。」 質問ではない問いかけ。相手が距離を置こうとしている事だけが解る為、会話が途切れるのが怖かった。 「―――ボクは戻らない。君は?」 子供は酷く動揺した。彼が戻らないと言った事になのか、彼がもう一緒でない事になのか、それとも自分がどうするか迷ったのか。 それは、明らかに尋ねるというよりも、誘い。 「―――帰ろうよ。」 返事はない。こちらを見もしない。 「戻ろうよ……。」 語尾を感情的に揺らげても、何の反応も示してくれない。ねだっても、粘っても背中は遠くなる。訴え続けて、続けて、諦めきれないまま、けれど戻ったのは一人でだった。 目を閉じると、不安で涙がこぼれそうになる。彼が来る以前に戻っただけなのに胸の寒々しさはぬぐえない。 けれど、心が惑うのは本当に彼がいない事だけになんだろうか。 吸い込んだ空気に胸をかき乱されて、子供は布団を強く握り固く目を閉じ、付きまとう考えを夢に追い立てた。 ―――――それは、いつか。 |