----ばらいろすみれいろ

 ああ、予感だったのか。
 ジェファソはいつも通りチップを預ける為にヴィヴィアンの元へ行こうとしたが、家が近くなった時に逃げられた。いつもより早く一族の祖である女、ウルフベオルトが来ているのかと思いつつ到着すると、彼女以外にもう一人来ているのを見てジェファソも逃げたくなった。
 チップは、夢は、予兆していた。
「おはよう、ベオルトモンド。」
「おはよう、ジェファソ。」
 銀の長い巻き髪に金の目をした女と、黒の短い巻き毛の女。二人の女性が違う名前で自分を呼んだ。
「おはようございます、大おばあ様。おはようホルダ。」
 笑みを浮かべたが、すぐため息を吐きたくなる。軽く挨拶のキスを二人にした後、銀の髪の女性はすぐにジェファソを解放したが、黒の髪の女性は無言で睨むみたいに彼を見続けたままだ。
 逃げたい。
 ジェファソは息を呑み込み、改めて笑顔を作る。
「あの、大おばあ様は目を診る為に来て下さったんでしょうが、ホルダは……?」
「手伝いたいってね。」
 そう行って大おばあ様と呼ばれたウルフベオルトはもう一人を紹介するみたいに見ると、相手は軽くうなずく。
「私の所に来たんだよ。だったら連れて行ってやろうと思ってね。」
 二人の間ではすっかり話が出来上がっている。にっこりと音が付くほどほほえまれ、立っているだけなのにジェファソの足はもつれた。
「お前の月≠烽クいぶん落ち着いたからね、今度から私でなくともいいだろう。」
 優しく髪をすかれながら、目眩もする。確かに毎年、しかも盛る太陽を祭る夏至にウルフベオルトを呼ぶのは彼女にも血族にも申し訳ない事だ。月≠ェあるせいで特別扱いはされているけれど、血族の枝葉からすれば末端。贅沢もわがままも控えるべきだ…が、その役割が今もずっと痛い視線を送り続ける従妹、ホルダと変わるのは。
 いや、だけど、断る理由もない。
 とうとう彼女の目から逃げると、彼女達の後ろでヴィヴィアンが苦く、でも他人事の笑いをしていた。
「さ、ウルフスリス、まだ準備は必要ないからゆっくりさせてもらおう。ベオルトウルフ、もてなしておくれよ。」
「はい、大おばあ様。」
 ヴィヴィアンは自分の一族の名が呼ばれると、とろける様な特別の笑顔をしてウルフベオルトをソファに招く。自分だけ逃れられるのがそんなに嬉しいのだろうかと、ジェファソは逆恨みでしかない思いを心に吐いた。兄はそれから部屋の隅で小さくなっていたうさぎの子供をウルフベオルトの胸に案内すると、弟に声をかける。
「そういえばチップは逃げたんだね?あの子の事はもういいから、仕事に行くといいよ。」
 今更、助け船のつもりだろうか、と非難がましい目を向けている弟にヴィヴィアンは軽く肩をすくめてただ苦笑を返す。
「…ん、あの、じゃあ仕事だから。」
 実際の事情なのだが、そう言い訳をするとホルダは下を向いてしまう。
「いつもより、ほら、長居してるし…行かないと。」
「……解ってるわよ、行ってらっしゃい。」
 目を合わされるのは逃げたくなるくせに、そらされると罪悪感がにじむ。朝の夢の続きだ。
 ちらつく誰かの顔。彼女の髪は短いから、その表情は隠れない。
「早く、行けば?」
「うん……。」
 薔薇で作った傷は治りにくい。



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